茂木 鈴(もぎ すず)公式



異世界のカード蒐集家


短編集 モリンの決断



 その日、ウルスタン公領にあるヘイロウ村で、珠のような嬰児が産まれた。

 両親は喜び、その子にモリンと名づけた。


 ヘイロウ村のモリンは、すくすくと育ち、五歳になる頃には、村で知らない者はいないほどの学をみせた。


「これは出世するぞ」


 周囲の大人たちがそう言う中、モリンの両親、そして祖父はただ黙って首を横に振るだけだった。


 モリンの両親と祖父は、皮の加工職人で、ハンターから買った魔獣の皮を脂肪と植物から採れた油で煮て、ハードレザーアーマーの部品を作っていた。


「職人に学は必要ない」


 それがモリンの祖父の口癖だった。

 事実、モリンは五歳にして、両親の仕事をよく手伝い、歳に似合わない聡明さで家族を助けていた。


 村には学校がない。

 学ぶということに貪欲だったモリンだが、その環境が整ってなければどうしようもない。


 村の子供たちは七歳になると、五日に一度、自走車輪に乗って町まで学校に通った。

 さすがに毎日自走車輪に乗って通うほど裕福な者はいなかったし、自走車輪で片道三時間かかる道のりは子供の足で通えるものではない。

 ゆえに五日に一度となる。


 だが、モリンは七歳になっても学校へ行かず、家の仕事を手伝った。

 カーディハンターが減り、革鎧全般が売れなくなってきたのだ。

 金銭的余裕のないモリンの家は、学校と自走車輪に使うお金を工面することが難しかった。


 両親の仕事は減り続けていた。

 モリンは家計をやりくりしていたが、絶対的に収入が足りなかったために、村内の手間仕事も請け負っていた。


 そのひとつに、学校へ通う年上の子供たちへ、勉強を教えるというものがあった。

 学校に通ったことのないモリンが、学校へ通う子供たちに勉強を教える。


 何ともおかしな話だが、その頃にはもう、村の誰もが納得していた。

 彼女は普通とは違うのだと。


 五日に一度、自走車輪に乗って学校に通う村の子供たち。

 当然のことながら、町の子供と同じように勉強することができない。


 通えない分の勉強をモリンが受け持ったのだ。

 その甲斐があって、モリンの教え子たちは、町で通う同年代の子供たちと比べても劣らないくらい勉強ができるようになった。


 モリンは十二歳になった。

 その頃になると、モリンは村に来る商人たちの話を聞き、需要のある革鎧の知識を仕入れ、新しい製法などを考案したりして、少しでも家の家計を助けようと頑張った。


 ……だが、両親をはじめ、祖父までもが頑固だった。

 今後、この魔獣の革の需要が高まるからと、丁寧に説明しても受け入れようとしなかったし、新しい製法も、手間がかからず、従来よりも強固な革鎧になると教えても、導入しようとしなかった。


 彼らは良くも悪くも昔ながらの職人であった。

 真面目にやっていればいつか報われる、そう思い続けているのだ。


 モリンはそんな家族に愛想を尽かすこともなく、言われた仕事を手伝った。

 すでにモリンの下には弟と妹がおり、彼らの面倒を見るのもモリンの仕事だった。


 だが、王子たちの対立が激化し、多くのカーディハンターが王子の私兵として雇われた。

 モリンは、カーディハンターから兵への転職、物価の下落など、ありとあらゆるものを考えて、今後の家業について考えを巡らせた。


「…………終わりましたね、これは」


 あと三年でわずかに出ていた利益が掻き消え、その後は貯金を切り崩しながら暮らして行くことになる。

 経済が回復したとして、元の発注に戻るまで耐え切る体力が我が家にないことも理解した。


 つまり、詰んだ。そうモリンは思った。

 革鎧製作の技術を覚え、ゆくゆくは婿を取って家を継いでほしい、そう両親が願っているのをモリンは知っていた。

 そういう人生もいいかと思っていたが、適齢期になる前に家業が左前になる方が早い。


 それでもモリンは、愚痴ひとついうことなく、黙々と両親を手伝った。


 モリンが十五歳のとき、予想通り家業は赤字に転落した。

 あとはどうやっても這い上がれないこともよく分かっていた。


 モリンが十七歳になった年、ついに貯金も底を突き、新たに魔獣の皮を購入する資金すらなくなった。

 あとは在庫を二束三文で手放すだけである。


「そうですね、あとは私が身体でも売るくらいでしょうか」


 結局両親は、最後まで新しいことを導入する知識も、意欲もなかった。


「それでもまあ……数年間の延命でしたでしょうけど」

 時代の潮流は変わらない。

 この数年でモリンはそのことを理解した。


 いつ家業を畳むか。

 両親と祖父には申し訳ないが、運転資金もないいま、仕事を続けることはできない。


「私がなりふり構わなければ良かったのでしょうか」


 利益の出ているうちに強引に廃業させ、両親を無理やり別の職に就かせる。

 確かにモリンならばそれができた。

 恨まれるだろうが、一家離散するよりも良かったのではないか。

 そう思うこともある。


「……いえ、全ては終わったことですし」


 あとは粛々と事実を受け入れるだけである。

 座して死を待つ、モリンはそんな心境だった。


 だが、そのすぐ後に、転機は訪れた。


「……発注が再開している……? それも、こんなに?」


 ありえないことであった。

 まだ両親が仕事に誇りをもって取り組んだ時代に戻ったかのような賑いだった。

 モリンはその原因をすぐに調べた。


 すると、意外な事実が分かった。


「領主の……指示……?」


 何と、いまだ見たことも会ったこともない領主だったが、困窮したヘイロウ村のために、革鎧の販路を開拓し、領外へ販売するルートを敷いてくれたのだった。

 ウルスタン公領以外では、まだ革鎧の需要があることをモリンは知っていた。


 だが、ヘイロウ村に来る商人たちはそんな遠くまで行商しない。

 いつも「近所しか回れなくて申し訳ないね」と謝ってくれる、そんな人たちだった。


 ウルスタン公は、複数の領で大量注文を受けてきた。しかも革鎧は何年にも渡って分納で良いとされていた。

 ざっと試算しただけでもヘイロウ村の十年分にも及ぶ量だった。


「これで十年は……続けられる」


 領主と言えば、雲の上の存在である。

 大きな町がいくつも存在する中で、こんな辺鄙なヘイロウ村のことなどきっと知らないと思っていた。

 取るに足らない村のことなど気にかけることなどないとモリンは考えていた。


 だが実際はどうだろうか。

 モリンができなかったことを、やりたかったことをウルスタン公は誰にも言われず、やってくれた。


 村は、両親は、ウルスタン公に救われた。



 ヘイロウ村に大量発注が舞い込んでから二年後。

 モリンは十九歳になった。


「……ではお父様、お母様、行って参ります」


 モリンは家を出た。

 それは出入りする商人から聞いた話。


 ウルスタン公は各町に札を立て、広く人材を募集しているという。

 募集の条件はかなり厳しく、最難関はウルスタン公の秘書職だという。


 モリンはウルスタン公に恩返しをするため、ヘイロウ村を出発した。





幼少時のモリンです。


いまは人妻になり、すっかり逆セクハラ魔女とかしてますが。


ちなみに両親は故郷で元気にやっています。