茂木 鈴(もぎ すず)公式



異世界のカード蒐集家


短編集 リルカの路地裏奇譚



 その日リルカは、城をコッソリと抜けだして、町の散策をしていた。

 七歳の誕生日を迎えたばかりのリルカの目には、水上都市の中ですら、冒険心を刺激した。


「今日はどこに行こうかしら」


 父親のサクリューンは、最近領主の座を譲り受けたばかりで忙しい。

 リルカに構っていられる時間が、極端に減ってしまった。


 同時にリルカもまた、父と過ごす時間よりも、外へ目を向けることの方が面白く感じる年頃になっていた。


 つまり……今日もまた、親の目を盗んで、ひとり勝手に町へくり出しているのだ。


 リルカは父に連れられて、何度か目抜き通りを歩いたことがある。

 重要な施設にも連れて行ってもらったことがある。


 最近のリルカの興味は、もう少し別の場所に向いていた。

 大通りから一歩脇道に入る。


「……わぁっ!」


 道幅は狭く、入り組んでいた。

 自走車輪どころか、リヤカーすら通らない小径が続いていた。


 すれ違う人の肩と肩がぶつかるくらい狭い路地。

 そこに生活している人をリルカは眺める。


「……こんな場所があったんだ」


 通りから一本だけ道を外れただけで、これだけ不思議な空間が広がっていることに、リルカは目を見開いた。


 玄関先に長椅子を持ち出し、カードゲームに興ずる老人たちがいる。

 小さな花壇に水をやる若い女性がいる。

 洗濯物を干す主婦がいた。


 そんな人々の生活を眺めつつ、リルカは狭い路地をアテもなく歩いていく。

 すると、路地の角をいくつか曲がったところで、不思議な老人の姿が目に入った。


 ここで暮らす人々と、外見があまりに違っていた。


 鍔の広い三角帽(トライコーン)を頭にのせ、黒を基調とした襟広のジュストコールを着ている。

 大きめの革のベルトにサーベルを差し、手には指ぬきの小手をはめている。


「………………?」


 一種独特な姿をした老人は、ただひとりで切り株に腰をかけていた。

 顔には深いシワが刻まれ、穏やかな瞳はひとつだけしかない。

 もうひとつは……眼帯に覆われている。


「おじいさん……お目々が、痛いの?」


 そっとリルカは話しかけた。


「これか? ……これは古傷じゃよ。もう痛まんさ」


「古傷……?」


「そう……片目はかつてわしが戦った白き悪魔にくれてやった。……いまはただの痕(きずあと)じゃ」

「おじいさん、魔人と戦ったの?」


 リルカは驚いた。


「いいや、白き悪魔は魔人ではなく、巨大な海の魔獣じゃ。船よりも大きく、人よりも賢い。……あやつは、わしの船を沈め、仲間たちを海の底に引きずり込んだ憎き相手といった所かのう」


「……へぇ」


「少女よ……その時の話を、聞きたいか?」

「!? ……うん!」


「そうか、古い話になるが、聞かせてあげよう。かつてわしが『海の王』と呼ばれ、白き悪魔と繰り広げたあの戦いを……」


 老人はリルカに語った。

 巨大な商船よりもさらに大きな魔獣の存在と、仲間と一緒に立ち向かった話を。


「……こうして、白き悪魔の攻撃を受け、わしの船は真っ二つになったのじゃ」

「それで、どうしたの?」


「海に投げ出されたわしは辛うじて木切れに掴まり、海上を漂った。……だが、どれだけ探しても、わしの仲間はただの一人すら浮かんでこなかった」


 老人の話を聞いて、リルカの瞳にうっすらと涙が流れた。


「みんな……死んじゃったの?」


「ああ……クラーンもカーネギもケンダーも……みないい奴じゃった」

「それで、おじいさんはどうしたの?」


「わしもその時ばかりはもうだめかと思ったが……運良く通りかかった船に拾われたのじゃ」

「よかった!」


「それからわしは、失った仲間たちの復讐を誓った。あの白き悪魔を必ずこの手で仕留めてやろうとな」

「うん……それで?」


「五年かかった。……だが、わしは奴を見つけ出し、七日七晩に渡る激戦の末……」

「……うん!」


「ヤツの……白き悪魔の心臓に、わしは巨大な銛を突き刺したのじゃ」

「すごいっ!」


「復讐は果たされた。……だが、わしの心は晴れなかった」

「どうして?」


「わしはヤツを追いつめること……死んだ仲間の復讐を果たすことだけを生きがいにしていた。……わしは、それで生きる目的を見失ったのかもしれん」

「…………おじいさん」


「いま……わしは陸にあがり、死んだ仲間を毎日弔っておる。今日も……明日も……恐らく明後日も……」

「おじいさん……かわいそう」


「なに……仲間だった者たちを弔うのじゃ。わしは……幸せじゃよ。……か弱き少女よ」

「……なに?」


「もし……おぬしが海に出るのならば……」

「うん……?」


「わしのかわりに、海に散っていった勇敢な男たちのことを思い出してほしい……」

「おじいさんの……かわり?」


「そう……わしはもう……長くない。自分のことは自分が一番知っておるでな」

「おじいさん……死んじゃうの?」


「仲間の所へいくだけじゃ。怖いことは何もない。……おお、そうじゃ。少女よ、これを授けよう」


 老人は頭上に手をやり、三角帽を取った。


「これ……おじいさんの」


 リルカに帽子をかぶせる。

 三角帽はリルカにはまだ大きく、額の半ば以上までうまった。


「うむ……これでお主も立派な海の勇者じゃ。見違えたぞ」

「ほんとっ?」


「ああ……本当だ。……どれ、わしはそろそろ行くとしよう。お迎えが来るでな」

「……おじいさん」

「それをわしだと思って、大切にしておくれ……痛っ」

「おじいさん、大丈夫?」


 老人は立ち上がりかけた途端に、片膝をついた。


「だ、大丈夫だ。……白き悪魔との戦いで、膝に牙を受けてな……時折こうして悪さをするのじゃ」


 老人はリルカの頭を撫でた。


「さあ、少女よ、もうお行き……わしのことは忘れても構わん。じゃが、海に散った仲間のことを少しでもいい……思い出しておくれ」


「うん……おじいさん、ありがとう!」


 帽子を両手で押さえて、リルカは駆け出した。


 老人はしばらくリルカを見送ると……。


「おじいちゃん……こんな所にいたの? もう、探したんだから」

「マ、マリーさん……」


「だめでしょ、勝手に歩きまわっちゃ。ダンナがあたしに探しに行けってうるさいんだから……ほら、帰りますよ」

「ま、まっておくれ、マリーさん。わしは足に牙を受けて……」


「また痛風が始まったの? ……まったくもう、しょうがないんだから。好きなものばかり食べているからそうなるのよ。ものもらいだって、なかなか治らないでしょ」


「これは、古傷で……」


「ものもらいでしょ! もっと野菜を食べないと治らないわよ。さあ、帰りましょう。おじいちゃん」

「ま、まって……マリーさん。そんなにすぐに歩けんのじゃ」


「その杖を使ったらどうなんです? ……あっ、また勝手に杖を削って……もう知りませんよ」

「こ、これは……サーベルで……海の勇者に相応しい……」


「海も何も、おじいちゃん、水上都市から出たことがないでしょうに。さあ、帰ってお昼にしましょう。今日こそは、たっぷりと野菜を食べてもらいますからね!」


「マリーさぁん……そんなぁ?」


 ひょこひょこと痛風で痛む足をかばいながら、老人はマリーと呼ばれた女性の後をついていく。



 父さま……あたし、決めた。

 多くの仲間を率いて、立派な海の勇者に……なる。



 後にリルカは天禀を開花させ、若くして一族の水軍を率いる。

 そんな彼女の人格形成に大きく関わったこの老人の名を……だれも知る者はいない。





痛くて可愛いイタカワリルカ発症しました。


お薬出しておきます。