茂木 鈴(もぎ すず)公式



異世界のカード蒐集家


短編集 アイリーンのカーディ日誌



 人族領が誇る武門四家のひとつ、エンテ家。

 エンテ家は優秀なカーディハンターを数多く輩出することで知られているが、かの家が世界的に有名になったのは、それだけが理由ではない。


 ――原色カーディ図鑑。


 エンテ家は、何代にもわたって編集したカーディの図鑑を持っている。

 原色カーディ図鑑には、カーディの名前、レベル、姿形、特徴などがおさめられている。


 いや、それだけではない。

 長い年月をかけて、カーディの棲息場所から戦い方、強さ、防御力、弱点など、カーディハンターが実際に相対した時の情報が事細かに書き込まれている。

 しかもそれは日々更新されている。


 彼ら一流のカーディハンターによる緻密な書き込みは、一体のカーディで何ページにも及ぶ膨大なものとなっていた。

 幼い頃からその原色カーディ図鑑を熟読してきたアイリーンの知識に敵う者は、世界中探しても少ない。

 アイリーンは興味のおもむくままに図鑑を読みあさり、カーディの情報を書き残した先人に感謝しつつ自らの血肉とした。

 実際に戦ったことがなくとも、アイリーンはカーディと出会ったときに、その知識を引き出すことができた。


「……さて、さっそく今日の分を書いちゃおうかしら」


 アイリーンは勤勉である。

 実は普段から一人になった時に、出会ったカーディの情報をメモすることにしていた。

「実家に帰った時に、メモを転記するとして……ずいぶんとたまったわね」


 アイリーンが金之介と巡ったのは、緋の迷宮都市と人族領、ドワーフ族領のフィールドである。

 最近はウルスタン公領にある未管理の迷宮のデータも加わった。

 今まで原色カーディ図鑑を利用するだけの立場であったが、これからは違う。


 アイリーンは歴代のカーディハンターがしたように、自分もまた図鑑の編纂者になるつもりでいた。

「……でも、見るのと、実際に戦うのでは、こうも違うとは! これはいい発見だわ」


 アイリーンはそう呟いた。

 図鑑の知識は完璧である。

 丸暗記したと言っていい。


 もちろん、日々改訂がなされているが、古い知識もある。

 それでも、一度はすべてに目を通し、できるだけ覚えてきた。


 たとえそれが何十年、何百年も前の情報だろうと、カーディの本質は変わっていないとアイリーンは思っている。

 だが、金之介やイレヴの後ろから見るカーディは、図鑑の記述とはあまりに違っていた。


『ギガ・スパイダーLV14

   小山と見間違えるほどの巨体を持つが、移動速度は極めて速い。

   無音で忍び寄るため、視認以外で見つけることが不可能である。

   そのため、出会った瞬間に先手を取られている事が多く、

   パーティ内で被害を出さずに倒すことは不可能に近い。

   出現するフィールドが分かっているのならば、

   絶対に避けるべき相手である。

   戦い方は、極めて細く強靭な糸を吐き……』


「これ……ギガ・スパイダーよね?」

 アイリーンの目の前で、小山ができあがっていく。


「よーし次はセカンド、行くぞ!」

 金之介は潰し屋(スマッシャー)を構えると、やってきたギガ・スパイダーを横振りの一閃で遠くに飛ばす。

「こらー、セカンド。何やってるんだ! 捕れたぞ、今のは! もういっちょ!」


 ――カキーン。


「……ねえ、金之介さん。いま何をしているの?」

「……ん? 何って……試合前のノック練習?」


「何それ」

「いや……甲子園でどっかの監督がやってるのを思い出したんだけど……」

「うん、全然分からない」


 飛んでいったギガ・スパイダーは、大木をなぎ倒してカードに転化した。

 それを見届けたアイリーンは、メモにこう記した。


『ギガ・スパイダーLV14

   当たるとよく飛ぶ。

   飛んだ先でカードになるので、力加減はほどほどにすべき』


 アイリーンは出会ったカーディの情報をメモに取っているが、そろそろ書くことがなくなってきた。

「殴るとカードになるだけだし、どう差別化して書けと言うのよ」


 レベル十三のカーディ欄に書かれている内容といえば、「出会ったら逃げろ!」「決して後ろを振り返るな」などが多い。しかも、いかに苦労して倒したのか、長文をもって書き加えられていることもある。


 図鑑を編纂した先人たちは、豊富な表現力がなければやっていられない。

 そうアイリーンは嘆息した。


「わたしじゃ、あそこまで臨場感たっぷりに書けないわ。……でも、こういうシンプルなのもいいわよね」


 のちにアイリーンが実家に帰り、旅の途中で出会ったカーディの情報を『原色カーディ図鑑』に転記するのだが、それを読んだカーディハンターたちが頭を抱え、踊りだすことになる。

 もちろんそのことをアイリーンは知らない。


 何しろ、レベル十三だろが、レベル十四だろうが、アイリーンの書き込みは「殴るとカードになる」で占められているのだから。


                               ☆


「ねえ、金之介さん。蒼の迷宮のボス……ガウラントだけど、あれってどんな感じで倒したの?」

「どうしたんだ、突然?」

「必要なのよ、いろいろと」


「そうか……ガウラントだっけ。あれは、筋肉モリモリのカーディだったんで、真正面から打ち合ったんだよ」

「うん、それで?」


「殴っているうちに弱ってきたんで、トドメを刺した感じかな」

「そんな感じなんだ。ありがと」


 そう言ってアイリーンは、『ガウラント レベル十八』の項目にこう記した。


『蒼の迷宮で最下層のボスとして登場。殴っているうちに弱ってくるので、真正面から殴り合うべし』


 エンテ家の歴史の中で、そのコメントを活用できた者、実戦できた者はだれもいなかった。





一緒に行動しているメンバーは金之介さんだし……で納得するんですが。


他はそうはいかないというお話でした。