茂木 鈴(もぎ すず)公式



異世界のカード蒐集家


短編集 エンテ家の教え



 人族領が誇る武門四家のひとつ、エンテ家。

 エンテ家の名は優秀なカーディーハンターを数多く輩出してきたことで、人族領のみならず、他の国々にも知れわたっている。

 だが、エンテ家の先代と当代の当主は、二代続けて凡庸であるというのが一般的な認識であった。

 もちろんそれは、輝かしい過去と比較すればの話である。


 二代とも決して実力が劣っているわけではない。

 それでも何代かに一度現れる、最強のカーディーハンターの印象が強く、ただ『強い』だけではエンテ家当主として、「今ひとつ」の烙印を押されてしまう。


 そのせいだろうか。

 当代のエンテ家当主は、家の再興を娘二人にかけた。


「――エンテ家の将来はお前たちにかかっている」


 父親の真剣な眼差しに、幼い姉妹は大きくうなずいた。

 凡庸な当主が三代続けば、その名声が地に落ちることを子供心にも理解できていた。


 両親は、ヴィオレータとアイリーンを優秀なカーディハンターにすることは、最初から諦めていた。

 強者になるには、努力と才能がものをいう。

 それだけではない。

 どんなに素質があろうとも、たったひとつのミス、怪我ひとつでお終いなのだ。


 最強になるには、運すらも味方に付けなければならない。

 ならば、最初から強者を見分ける目を養い、容姿を磨き、完璧な淑女として育て上げようと。


 その上で、最強のカーディハンターと結ばれ、エンテ家を継いで欲しいと。

 もちろんかわいい娘たちである。

 強制はしない。

 それでも、幼い頃から優秀なカーディハンターを見続けていれば、自ずと強き者に心惹かれるだろうと両親は考えた。


「料理は愛情です。刺繍は淑女の嗜みとして覚えなさい」


 母親は女性として、二人にできる限りの技術を教えた。

 料理や刺繍だけでなく、ヴィオレータとアイリーンは母親から様々なことを学んだ。


「立ち振舞はそれでいい。私がダンスのリードをするから、ついてくるように」


 父親は礼儀作法と貴族としての心構えなど、多くの知識を与えた。

 武門四家として恥ずかしくない教養は、ただの領主にも勝る。

 どんなに覚えることが多くとも、姉妹は決して音を上げることはしなかった。


「このカーディは岩場に棲息する。こっちは草原だ」


 両親は、淑女や貴族として必要なものを教える傍らで、カーディの知識を授けた。

 それだけでなく、食客として滞在しているカーディハンターの訓練風景も見学させた。


「お姉ちゃん、あの人、すごく強いよ」

「そうね……ラーンさまとおっしゃるらしいわ」

「お姉ちゃんがあの人と結婚すれば、エンテ家は安泰?」


「さあ、どうでしょうね。……でも、確かラーンさまは妻帯者だったと思いますよ」

「なぁんだ。じゃあいいや」


 長じていくうちに、姉妹の他愛無い会話で、目の前の男性が強いか強くないか、結婚相手として相応しいか相応しくないかが占められるようになった。

 そこではじめて両親は頭を抱えることになる。


「あれ? ……育て方を間違えたか?」


 確かにエンテ家再興は悲願である。

 だが、それだけを目的として将来の伴侶を決めるのは、いかがなものだろうか。

 同時に、これだけ素晴らしく成長した二人の娘を見て、もったいないと感じるようになった。


 ヴィオレータはどこへ出しても恥ずかしくない淑女に成長し、アイリーンはカーディについての知識は他の追随を許さないまでに詳しくなった。

 このまま成長すれば、それぞれが一角の人物になるのではないかと。


 エンテ家内部に留めてよいのだろうかと。

 両親が娘たちの行く末に思い悩んでいるうちに、時代は動く。

 人族領の王位をめぐる争いに巻き込まれることになる。


「……これで良かったのかもしれない」


 姉妹をドワーフ族領へ送り出した両親はそう考えた。

 このまま食客として滞在している者の中から婿を取って、家の再興に尽くす。

 それもひとつの生き方だと思う。


 だが、二人にはもっと広い世界を見て、多くの人と出会い、様々な経験を通して、自分自身の幸せを掴んでほしいと考えた。

 自己(セルフ)カードに出た印に振り回されることなく、まっすぐ前を向いて歩いてほしいと。


「……娘たちよ、私達はここで応援している。いつでもどこでも、どんなことがあってもお前たちの味方だ」


 二人の行く末に、過酷な運命が待ち受けていることは分かる。

 だが、それを乗り越えるだけの教育を施してきた。

 両親は二人を信じた。

 そして……。


                          ☆


 ウルスタン公領にある管理されていない迷宮。

 今日も金之介とイレヴ、そしてアイリーンが潜っている。

 唯一ヴィオレータだけは、砦のような家で三人の帰りを待っていた。


「さて、今日は何を作ろうかしら……」


 モリンからもらった食材の数々は、ヴィオレータの手にかかると上等な料理に早変わりする。

 もちろん、カード化を解くとすぐに食べられるものも多いのだが、それらは迷宮内でお弁当代わりに食べたり、緊急時の食糧となる。


「昨日はお魚がメインでしたし、今日はお肉……そうですわね。煮込み料理でも作りましょうか」


 テキパキと準備をし、食材を火にかける。

 包丁で手際よく野菜を切り、水にさらして臭みを取った肉を同じ大きさに切り分けた。


「金之介さまは喜んでいただけるかしら……」


 そうつぶやくヴィオレータの手は止まらない。

 瞬く間に数品の料理が完成した。

 母親の薫陶の賜物である。


「あとは煮込むだけですわね……ということは……」


 ヴィオレータはキョロキョロと周囲を見回し、だれも見ていないことを確認すると、煮込んでいる最中の鍋の取っ手を掴み。

 そっとフタを開けて、その中に……。


「……愛情」


 小声でそう呟いた。


「ふふっ……隠し味も入れましたし、あとは金之介さまたちが帰ってくるのを待つだけですわ」


 しなやかな手を頬に当て、ヴィオレータはニッコリと微笑んだ。


 両親がただの貴族教育しか施さなかったら、二人はここにいなかったであろう。

 ドワーフ族領へたどり着くこともできなかったかもしれない。

 そして金之介とともに歩むこともできなかった。


 ヴィオレータとアイリーンは、金之介とイレヴにただ守られるだけの存在ではない。

 陰ながら支え、ともに歩み、ともに成長するパートナーである。


「……金之介さま、いつ戻られるかしら」


 夫の帰りを待つ新婚の妻のようなつぶやきをしつつ、ヴィオレータは鼻歌を謳いながら、鍋をかき回すのであった。

 それが両親の期待通りかどうかは、分からない。



基本スペックが高い二人ですが、幼少のころから努力していたりします。


両親も厳しく、優しく教育してきました。





ですが、姉妹ですから能力の伸びには方向性があるようで、こんな感じになっています。


個人的にはどちらも天才肌だなと思っています。