茂木 鈴(もぎ すず)公式



異世界のカード蒐集家


短編集 切札と呼ばれた男



 マーソンは出番を待っていた。いま全体が石壁で作られた控室にいる。

 そこで待機していると、自分の腕力が上昇するのを感じた。


「……きたか。しかし、防御力に続いて腕力もとは……ワシには過ぎた力ではないかな」


 マーソンはそう言って微笑んだ。

 彼はいま選定侯会戦で、既に三勝をあげている。

 マーソンは二十年以上に渡って、武の道を極めるために各地を放浪した。フィールドや迷宮都市を巡っては、自らを鍛え抜いた。

 四十歳を過ぎて己の流派を興し、多くの弟子を抱えることとなった。

 彼がこれまで持っていた実力に相応しい、多くの富と名声を手に入れることができた。


「やるべきことは全てやったか……」


 もはやマーソンに達成すべき目標や、超えるべき者もいなくなったと思ったとき、王佐の話が舞い込んできだ。

 話を持ってきたのはまだ年若い少女だった。

 選定侯ヴァルトラウト、それが彼女の名前である。

 ヴァルトラウトはいまだ十七歳の少女で、その小さな身体で各地を訪問し、自らの目で信の置ける王佐を捜しているということだった。


「お嬢ちゃん、ワシはもうこれ以上の名声は必要ないのじゃよ。悪いが他を当たっておくれ」


 少女に語ったのは正直な気持ちであった。

 死ぬまでに使い切れないほどのアルを持ち、自分を慕って集まってきた弟子たちに囲まれた自分には、もう何かに挑戦しようという気持ちは失せていた。

 挑むにはもう失うものが多すぎたと言える。


 マーソン流戦斧操術、これを学ぶためにドワーフ族領はもとより、獣人族領や人族領からも弟子入り志願者が押し寄せている。

 それら全てを棄てて何処かへ赴くには、マーソンは些か抱えているものが重すぎた。

 だが断られた少女は、ただこう言った。


「私は世界各地を回りましたが、貴方ほどの強者は今まで見た事がありません」


 それは光栄なことだが、だからどうしたというのだ、それがマーソンの正直な感想だった。


「だからと言って、ワシは動かんよ」


 きっぱりと継げたので、少女との話はそれで終わったとマーソンは思っていた。

 だがそれは違った。

 少女は……いや、選定侯ヴァルトラウトは、マーソンを諦めていなかった。


 彼女は昼夜を問わず、それこそ嵐の日だろうと、彼のもとに日参するのであった。

 彼女が訪れてくるのが日課となり、弟子の多くが「なぜ断り続けるのだ?」と無言の圧力をマーソンに放ってくる中、少女はある日突然来なくなった。

 マーソンは清々したと思う反面、何かあったのではと心配になった。

 弟子も同じであったようで、何人かが彼女の元を訪れた。


「師匠、彼女は何者かから襲撃を受けたようです」


 弟子が言うには、彼女は大怪我をし、いまは宿のベッドで動けないでいるらしい。

 元々町から離れることがなかったヴァルトラウトは、一人になる時間が極端に少なかった。


 そのため、町中の人気のない所で闇の者から襲撃を受けたという。彼女がローブの下に来ていた鎧と、咄嗟の判断で近くの民家に逃げ込んだため、闇の者たちはヴァルトラウトに止めを刺さず、去って行ったという。

 ヴァルトラウトが世界各地を巡ったのは、追っ手の目を欺く意図もあった。それが最近、ひとつ所に長居してしまったために、追っ手に見つかったようだった。


「次の選定侯会戦は、心得ぬ奴がいるようだな」


 ヴァルトラウトは力なくベッドで頷いた。同じ選定侯がこのような手法で来るのが悔しいのだろう。


「父の無念を晴らすためにも、私は妥協できないのです」


 聞けば、会戦が始まる前から、敵対勢力へ脅しをかけている選定侯がいるらしい。

 ヴァルトラウトの父はその要求を突っぱね、反対に王宮にその不正を報告した。

 だが、王宮内にも彼らのシンパが多数いたらしく、話はねじ曲げられて伝えられ、反対に叱責を受けたという。

 ヴァルトラウトの父親は、所領に戻る途中で何者かの襲撃を受け、そのまま還らぬ人となった。さぞや無念であったことだろう。


「お主よ……もう一度聞こう。名は?」

「ヴァルトラウト・リモンと申します」


「よし、ヴァルトラウト・リモンよ。不正は正さねばならぬ。ワシが力を貸そうぞ。我が生涯をかけて磨いてきた武の全てを持って、お主を補佐すると誓おう」


 こうしてマーソンは、彼女の王佐となった。


        *


 自分で言うのもあれだが、ワシは恵まれた環境で育った。

 最強を名乗るカーディハンターの両親に育てられ、小さい頃からその才能を開花させて、多くの功績を残してきた。

 流派を興しても驕らず、修行を怠ったことはない。


 武官として神の用意したカードと対戦したとして、ワシはこれっぽっちも負けると思っていない。

 しかも今回は、防御力と腕力まで強化された。


「カードバトルの最短記録でも更新してみるかな」


 既にそんな軽口をたたく余裕すらあった。

 だが……そんな余裕は、続いてワシの身体に起こった反応によってかき消されてしまった。

 能力が二つも強化された状態で、さらに腕力、防御力、瞬発力、体力の全てが一斉に上昇したのだ。


「……まさか」


 さすがのワシも声が擦(かす)れてしまった。

 全能力値が一斉にプラスされたということは、あのカードが使われたに違いない。

 『切札対抗(アンチ・ジョーカー)』カード。

 これは新たに追加された行動(アクション)カードで、あまりに強いたった一枚のカードのためだけ使用できる温情措置。


 カードの神様が登録した武官に同情して特別に追加してくれた究極のカード。


「あれが使われたということは、ワシの対戦相手は……」


 格子が上がる。ワシは闘技場の方へ向かって歩いた。

 すると、目の前にひとりの人族が現れた。


「よぉ!」


 軽い調子で挨拶をしたその人族の名をワシは知っている。

 御代金之介、今を遡ること三百年以上前に登録した武官で、後に「稀代の蒐集家」「五竜を制しし者」「潰し屋」「人族最強の男」「カードの神様が認めた蒐集家」「一人軍団(レギオン)」「究極の兄妹」「歩く厄災」「走る厄災」「笑う厄災」「戦う厄災」「厄災の中の厄災」など、数多くのふたつ名を持つ。

 彼と行動を共にしたドワーフ族のイレヴが、晩年記した著書『我が逃走』によると、金之介の最盛期は片手で魔人を蹴散らし、なんと三度も五の竜をタイマンで制したとある。

 そんな伝説上の存在がいまワシの目の前で片手を挙げて挨拶をしている。


「御代金之介どのとお見受けする」

「そだぜ。じゃ、始めるか」


 金之介は背中にくくりつけた、彼愛用の武器潰し屋(スマッシャー)を肩にのせ、残りの手の平を前に出して挑発してきた。

 かかってこい、そう言っているのだ。


「ワシは、ワシの信じる選定侯のため、全力で参る!」

「いいぜ、嫌いじゃねえよ、そういうの」


 極限まで高められたワシの能力は、全盛期をはるかに超える。

 同時にこれまで培ってきた技術が上乗せされてるのである。


 一方、金之介はというと、自己(セルフ)カードを登録した時点での強さしか持ちえていない。

 伝説の中の伝説とはいえ、十七歳の青年でしかないのだ。


 ワシは愛用の戦斧を振り回し、金之介に挑みかかった。

 うなりをあげた戦斧が、金之介の頭部に振り下ろされる。

 それを金之介が軽く防いで、反対に押し返す。


「……くっ!」


 ワシは戦斧を両手で強く握り、編み出した全ての技でもって金之介を倒しにかかる。

 たとえこの身が粉砕されようとも、金之介に一撃を叩き込む。


 ワシの戦斧はその意志を存分にくみ取り、かつてない速度で金之介を打ち据えた。

 だがどれだけ挑もうとも、ワシの戦斧が金之介の肌を傷つけることはなかった。


「予想以上のタフさじゃな」

「まあね。そっちはもう息が上がってるぜ」


 息どころか、度重なる武器の激突に、ワシ自慢の戦斧は悲鳴を上げていた。

 これほどまでに差があるのかと、愕然とする。


 ――ピシリ


 刃面にヒビが入った。

 拙いと思ったときには、刃先の部分が大きく欠けてしまった。さらに打ち込むと、今度は根本を残してすべて砕け散った。


「がぁあああああ!」


 ワシは壊れた戦斧を放り投げ、拳を握り、がむしゃらに殴りかかった。

 たった一撃でワシの拳は砕け、反対の拳で殴るも手首が嫌な音を立てた。

 この感触は間違いなく手首の骨が折れている。そう思ったが、それでもワシは殴るのを止めない。


「ぐうううがぁあああ!」


 いつしかワシは涙を流しながら、歯を食いしばり、金之介の顔面を殴り続けていた。

 激しく息が上がり、それでも動くのを止めないワシに対して、金之介は潰し屋(スマッシャー)を放り投げ、お返しとばかりに殴りかかってきた。

 そのたった一撃で、ワシはとんでもなく遠くまで飛ばされた。


「痛ててて……なかなかいい拳だったぜ。これだけ痛てぇのは、親方にゲンコツ喰らった時以来だな」


 金之介はワシの解らない言葉を発した。

 あ奴にゲンコツを喰らわせる猛者があの時代にいたというのか。


 そんなどうでもいいことを考えている時間はない。

 闘技場の端まで飛ばされたワシは、すでに立ち上がることができない。

 もう身体のどこにも力が残って無い。精も根も尽き果てているのが分かった。


「たった……十七歳の少女が背負った選定侯の職、彼女の思う世界を実現するためにワシは……ワシは何を約束した?」


 あの時の約束をワシは思い出した。

 するとどうしたことか、今まで指一本動かなかったワシの身体が、何とか立ち上がるではないか。


(これなら、あと一発くらいは……)


 敵わぬ相手だが、絶対に一矢報いる。その思いで前を向く。だが、無情にも金之介はすぐそばまできていた。


「あんたに敬意を表して、こっからは本気でいくぜ」


 ワシは拳を握りしめ、渾身の力で振り下ろす。

 金之介はワシの拳ごと打ち返した。

 顎を砕かれ、宙を舞うワシは意識が闇に呑まれるのを感じた。


「……ヴァルトラウト、済まない」


 防御力と腕力をあげてもらい、さらには禁断のカードで全能力値もプラスしてもらったにも関わらず、ワシは金之介に及ばなかった。

 この男の底は一体どれほどなのか。


 伝説にもなった金之介という男……彼はワシをはるかに超える……もし、彼と同じ時代に生まれていたらワシは……そこでワシの意識は潰えた。


        *


 オーブの明滅が止まって赤く光る。

 それで神の用意したカードが勝利したことが分かった。マーソンが負けたのである。

 選定侯ヴァルトラウトは、誰にも気づかれずにため息をついた。

 『切札対抗(アンチ・ジョーカー)』のカードを使ってすら金之介には敵わなかったのだ。


「マーソンさん……ごめんなさい」


 彼の事だから、きっと立ち上がれなくなるまで足掻いたに違いない。

 限界まで酷使した上で、さらにその力を引き出したことだろう。それでも及ばなかったのだ。

 謝るべきは負けた彼ではなく、金之介を引き当ててしまった自分にある。


「せめて、あなたが目を覚ました時に、勝利が確定してますように」


 ヴァルトラウトはそう祈り、気持ちを切り替えて最後のカードを引いた。

 引いたカードは……。


 御代金之介が登録してより、三百七十八年もの時が過ぎ去ったが、未だ彼のカードを打ち破ったという報告は……ない。





 時代は金之介が生きていた頃から三百年以上未来の選定侯会戦の様子です。


 すでに時代は流れ、金之介は神の用意したカードとして比類ない強さを発揮しています。

 この世界に戻って来たカードの神様が「あまりに可哀相だ」ということで、対金之介用の専用行動カードを用意したほどです。

 それでも容赦ないですけど、そこはそれ、金之介ですから。