茂木 鈴(もぎ すず)公式



お人好しが、異世界で一旗揚げますん




敵と味方は紙一重




 エルヴァル王国の王都クリパニア。

 とある建物の豪奢な部屋にいるのは、二人のみ。

 先ほどからそこで、ひっそりと会話がなされていた。

 それも終わり、若い――と言っても四十代中頃の女性が、立ち上がった。

「それでは、失礼するわね」

 女性の名前はリザーニア・デュ・ワフカリ。ワフカリ商会の会頭である。

「わざわざ来てもらってすまんな」

 そう言って女性を送り出したのは60代の男性。

 彼の名はディルフ・デュ・カカドリム。カカドリム商会の会頭である。

「構わないわ。わたしたちは、長いものに巻かれるしかないもの。気楽にやりましょう」

 ウインクひとつ残して、リザーニアは建物をあとにする。

 残ったのは老人ひとり。

「……巻かれると言ってもな、その長いものが千切れてしまうかもしれんぞ」

 ディルフはそっと呟き、指をチョイチョイと曲げる。

 別室から顔を出したやや大柄な男性を手招きしたのだ。

 呼ばれたのは、タロス・カカドリム。

 ディルフの息子である。

 タロスはディルフが年老いてからできた子であり、まだ28歳。

 後継者として経験を積ませるため、常時一緒に行動させている。

 今回は二人だけの会談だったため、別室で待機していたのだ。

「いまのがワフカリの会頭じゃよ。覚えておくといい」

「はい……あれが前王の娘ですか」

 ワフカリ家もカカドリム家も王を選出する王国の一員に名を連ねている。

 八老会(はちろうかい)というのがそれだ。

「おぬしは軽々しく言うべきでない。隠居したとはいえ、前王は傑物じゃったぞ。いまの若王はそれより二枚は落ちるわ」

 くかかと、ディルフは笑った。

 つられてタロスも笑うと、ディルフは顔を引き締めて「と言っても、目に見えるものだけが真実ではないぞ」と警告した。

「真実……ですか?」

「そうじゃ。現王はまさに飛ぶ鳥落とす勢いで、次々と周囲を巻き込んでおるな。多くの傭兵を雇い、人や荷が街道を絶え間なく移動しておる。それを支えるのがルブラン商会であり、デルキス商会じゃ」

「王と王妃の商会ですね」

「うむ。またラウルス商会も現王の支持を表明しておるからの。あの三家がいまもっとも輝いている……と巷では噂になっておるのではないか?」

「はい、その通りです」

「じゃが、綺麗な表を一枚めくれば、中はどうなっておるか本人たちしか分からん。決して表には出さぬからの」

 ディルフは語った。

 かつてルブラン商会とデルキス商会は、血で血を洗うような抗争を繰り広げていたと。

 互いに朝と夕に分けて暗殺者を送り合うような間柄だったと。

「では、実は仲が悪いと?」

「利害が一致しておる。互いに足を引っ張り合うことはしないであろう。もしそれが明るみに出たら、他の勢力が一気に巻き返しを図りに動く」

 あの二家が相手でも、手を組めば追い落とせるとディルフは言った。

「では互いに嫌っているにもかかわらず、利益のために手を握っているのですか?」

 タロスの問いかけに、ディルフは首を横に振った。

「だから見えているだけが真実ではないのじゃ。……こう言い換えればよいかな。仲が良い、悪いで単純に分けられるものではなく、敵や味方で論じるものでもないと」

 分かるような分からないような話をされて、タロスは戸惑った。

 ディルフはゆっくりと息を吐き出して続けた。

「我が家とワフカリ家は、前王の代に甘い汁を吸っておった。いまは主流派から外れている。権力の栄枯盛衰からすれば、当然のことじゃ。八老会の中では、第八位と七位の席にいると思ってよい。……もっともそのような序列はないが」

「ですから私どもは生き残るために目立たず、騒がずしているわけですよね」

「そうじゃ。それは一面正しい。王の政策に関する情報は下りてこんからの。動き出したときにはもう、おいしいところは軒並み取られておる。しゃしゃり出ても反感を買うだけじゃ。じゃから、リザーニア嬢と会うにも気を使うし、王の政策に真っ向から反対するわけにもいかん。分かるか?」

「分かります」

「じゃがな、先日わしはロルマール老と会った」

「!?」

 ロルマール・デュ・ハルマンも八老会のひとりで、カカドリム家とは、ほとんど交流がない。

「今度ランガスタの奴めと会ってくれんかと言ってきおった」

「ええっ!?」

「シィ、声が大きい」

「で、ですが父上……ロルマール老とランガスタ殿は犬猿の仲のはずでは?」

「表面上はな。会えば必ず嫌みの応酬が始まるし、商会員どうしも仲が悪い。互いに足を引っ張り合っておるのは事実じゃ。じゃが、若い世代は知らない……そうじゃな、四十年以上前を明確に覚えている連中は少し見方が違う。互いを好敵手と認め合っているのじゃ。裏で繋がっていてもおかしくない」

「四十年以上前といえば……ラマ国の」

「うむ、そうじゃ。戦争じゃな」

 重々しくディルフは頷いた。

 帝国が何度かラマ国に侵攻してきたことがあるが、一度だけかなり危ないことがあった。

 ライエル将軍がまだ台頭していなかった時代である。

 タロスも話でしか聞いたことがないが、王国は金と物資を惜しみなく投入し、ラマ国を助けたという。

 もちろん後で、ラマ国からたっぷりと見返りはもらったようだが、ディルフはその時のことを言っているのだろう。

「現王に傷ができれば、次の八老会は荒れるかもしれん」

「まさか……」

 いままさにルブラン商会は、我が世の春を謳歌している。

 それが荒れると?

 タロスにはまったく信じられなかった。

「わしらが掴んでいない情報があるのかもしれんし、謀が秘かに進行しているのかもしれん。もしくは……」

「もしくは?」

「わしらをさらに追い落とす偽りの話かもしれん」

「それでは真実は……」

「判別するのは難しいのう。先ほどの会談でそれとなくカマをかけてみたが、ワフカリ家は知らされておらんようじゃった」

 急にディルフが会談を申し込んだのはそんな理由があったのかと、今さらながらにタロスは理解した。

「難しいですね」

 味方と思ったら敵、もしくはその逆。

 結局、何が真実なのか分からない。

「わしが現役でいられるのもあと数年……頼むぞ」

 これほど虚実入り交じった話をされて、後は頼むと言われても、簡単に首肯できない。

 よってタロスはこう答えるしかなかった。

「父上なら、あと十年くらいピンピンしていますよ」

「ぬかせ」

 こうして親子連れだって、建物を出て行った。

 繁栄を続けるエルヴァル王国に混迷の兆しは……まだない。