茂木 鈴(もぎ すず)公式



お人好しが、異世界で一旗揚げますん




正司のたこ焼き




 これは正司が中学校に入学した直後の話である。

 土宮家の朝は慌ただしい。

 父親と三男一女が、揃って朝の支度をするのだ。

 洗面所とトイレ、食卓まわりは、さながら戦場のようである。

「タダシにぃ。今日、早く帰れるよね。一緒にお絵かきしよう」

 妹の冬美はまだ小学5年生。

 母親はパートに出てしまうため、今日は家にいない。

 冬美が学校から帰ってきたとき、家は無人となっている。

 去年までは、正司がいつも妹と一緒に帰宅していた。

 冬美が寂しくならないための配慮である。

 だが今年は違う。正司が中学にあがったことで、状況は一変した。

 妹のみが、家族の帰りを待つことになったのだ。

 これは冬美にとって、とても我慢の強いられる時間だった。

 真っ暗な家に帰り、家族が帰ってくるまで一人は確定。

 ひたすら待っていなければならない。だが今日は違う。

 週に一度、正司は早く家に帰れる。部活動の練習がないのである。

「学校が終わったら、すぐに帰るよ」

「うん。やったー!」

 正司は妹のお願いを快く引き受け、今日の放課後は妹と一緒に過ごす……つもりでいたが。



「おい、おまえら。今日、部活休みだろ? ちょっと付き合え」

 部活動の先輩に、正司たち1年生は半ば無理矢理、繁華街へ連れていかれてしまった。

 否と言うことができない。ここはそういう世界である。

 結局正司は、先輩たちのお店巡りに付き合わされ、帰宅時間を2時間ほど遅れてしまった。

 帰宅した正司は、玄関前で頬を膨らませた妹を目にする。

「ごめんなさい。なんでも言うこと聞きます」

 言い訳はせず、即座に謝罪するのが正司流である。

 そして妹の注文を叶えることを約束する。

「鏡(きょう)タコのたこ焼きがいい」

「分かった。買ってくる」

 ぷすーっと膨れた妹の頬が、たこ焼きを連想させる。

 正司が買いに出ようとすると、妹に腕を掴まれた。

「作って! 同じものを!」

 まさかの無茶ぶりである。

『鏡たこ』のたこ焼きは、外側がカリッとして、中がトロトロしている。

 正司はそれが大好きで、妹のお土産に何度か買ってきている。

 それと同じものを作れというのだ。

「えーっと……どうしても作らなきゃ、だめ?」

 妹はコクリと頷いた。

「……材料を買ってくるね」

 こうして正司は、たこ焼き作りに挑戦することになる。



「えっと、薄力粉とダシ醤油と卵……牛乳も入っていたと思う」

『鏡たこ』のレシピは知らないが、正司は何度も食べている。

 その味を思い出しながら、入っているであろう具材の目星をつけていく。

「粉末ダシは何を買えばいいかな……カツオ?」

 妹にせがまれたとはいえ、このたこ焼き。粉から揃えるので本格的である。

 市販品のミックスたこ焼き粉では、妹は満足しない。

 正司はできるだけ鏡たこの味を忠実に再現しようと、舌の記憶を思い起こしながら材料を買って、家に戻った。

「じゃあ、作るよ」

 家族が多い家庭には、かならず1台くらい、ホットプレートがある。

 土宮家の場合、プレートが取り替えられるタイプが揃っていた。

 焼き肉用に波が打ってあるのと、お好み焼きなどの通常プレート。

そして、たこ焼き用の穴のあるプレートである。

「わたしも見る」

 正司が作ろうとすると、妹も台所にやってきた。

「じゃ、一緒に作ろうか。手伝ってくれる?」

「うん!」

「普通のたこ焼きと同じ手順でいいのかな」

 といっても、家ではいつも適当に作っている。

 ミックスたこ焼き粉の裏袋に書いてある分量通りに混ぜるだけだ。

「えいっ!」

 妹がボウルに薄力粉をどさーっと入れた。男前な作り方である。

 正司が呆気にとられている間に、妹は次々と材料をぶち込んでいく。

 分量を量るとか以前の問題だ。

「…………」

 さすがに正司も唖然としたが、こうなってはもうしょうがない。

 諦めて目分量で残りの具材を入れて生地が完成した。

「さあ焼こう。冬美は危ないから、ここまでね」

 プレートの穴は縦に4列、横に6列ある。つまり、一度に24個焼ける。

 プレートが熱せられたらタコを入れ、しばらくしてから生地を流し込む。

「わたしがかき回す−!」

 冬美が竹串を持って、生地を回転させる。

 不格好だが、繰り返しているうちにそれなりの形になってきた。

「よし、そろそろいいと思うよ」

「やったー!」

 1回目が完成した。

「皿に盛り付けたら、マヨネーズとソースと削り節をかけるからね」

 できたものを大皿に移し、さあ食べようと思ったところに、長兄の正也(まさや)が帰ってきた。

「おっ、たこ焼きか。腹減ってたんだよな、食っていい?」

「いいですよ。冬美のために作ったのですから、ちゃんと残してあげてくださいね」

「冬美、いくつ食べる?」

「たくさーん」

「そうか、たくさんか。兄ちゃんもたくさん食べるけどな」

 二人がたこ焼きの取り合いをしている間に、正司は2回目の「焼き」に入った。

 竹串で固まってきた生地を丁寧にひっくりかえし、できるだけまん丸になるよう、手を加えていく。

「さあ、2回目ができまし……あれ?」

 大皿は空になっており、食卓には次兄の正馬(しょうま)も座っていた。

「正馬にいさん、いつの間に?」

「ちょうど帰ってきたら皿が空になったところだった。オレはまだひとつも食えてない」

「そうですか。ではどうぞ」

「よっし、食うぞ」
「俺もまだ食える」
「わたしもー」

 正也も正馬も、ヒマさえあれば筋トレしているような兄たちだ。

 基本、いつでも腹を空かせている。そして、どれだけ食べても太らない。

 あまりに動きすぎるので、栄養摂取が間に合わないのだ。

 すごい勢いで皿の上のたこ焼きが減っていくのを目の当たりにし、正司は三回目の「焼き」を始めた。

 手首を器用に回転させ、慣れた手つきで、次々とまん丸のたこ焼きを完成させていく。

 できあがったところで、食卓を見る。そこには……。

 笑顔で母親までが座っていた。

「お母さん、今日はパートが忙しかったから、何も食べてないのよ。もう、お腹ぺこぺこ」

「…………」

 どうやら三回目もすぐに空になりそうである。

 今度こそはと四回目を作っている途中、背後から「今日の夕食はたこ焼きか? 珍しいな」という声が聞こえてきた。

 父親の帰宅である。

 仕方なしに正司は無言で、できたたこ焼きを父親の前に差し出した。

「あれ? もう具材がないや」

 今度こそ自分の番と思っていたら、タコがなかった。

 生地もほとんど残っていない。

 できたとしても、五、六個程度だろう。

「……まあ、しょうがないですね」

 正司はタコなしたこ焼きを作り、ひとりでそれを食べたのであった。



 後日。

「タダシにぃ、お土産ぇー!」

 冬美が『鏡たこ』のたこ焼きを買ってきた。正司の分だという。

 聞けば、これはこの前のお礼。冬美のお小遣いで買ってきたらしい。

「ありがとう、冬美」

「えへへ……」

 熱いうちがおいしいと冬美が言うので、正司はたこ焼きをおいしく戴いた。

「ほれ、土産だ」

 1時間もしないうちに、長兄の正也が『鏡たこ』の袋をさげて帰宅した。

「ありがとうございます、正也にいさん」

 こういう偶然もあるのだなと、正司は苦笑いしつつ、それを受け取った。

「おーい、これ、買ってきたぜ。このまえ全部食べちゃって、悪かったな」

 次兄の正馬も『鏡たこ』を買ってきた。

「ありがとうございます。三回とは……さすがに偶然で片付けられないくらいですね」

 これを表現するならば奇跡と言えばよいだろうか。

 妹と長兄、次兄が、同じ日に同じ物を正司への土産に買ってきたのだ。そして……。

「ただいま〜、今日は正司にだけ、お土産があるのよ」

 母親の声が玄関から聞こえてきた。

 正司たちは「まさか」と互いに顔を見合わせる。

「ほらっ、『鏡たこ』のたこ焼き。帰り道に大回りして買ってきちゃった……って、どうしたのみんな?」

 不思議そうに首を傾げる母親に、正司は事情を説明する。

「まあ、さすが兄妹ね。考えることが一緒だわ」

「それには母さんも入ってるぞ」

「あら、そうだったわね」

 和やかな一家団欒。

 一生に一度くらい、こういう偶然もおもしろいと、やや食傷気味になりながら正司が思っていると、父親も帰宅した。

「おい正司。今日はお前のために……」